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【 交 】
それから数カ月、天候の悪い日を選んで、ルカは華の家に通った。
景は口数の多い子供ではなかったが、だんだんとルカにもうちとけ、時には笑
顔もみせるようになった。ルカが今まで自分が見聞きしてきたことを、差し支
えない程度に景に話して聞かせると、景は、眼を輝かせて聞いていた。
「すごい、本当になんでも知っているんだなあ」
「これ景、流川さまにまたそんな口のききかたをして」
「構いませんよ、私とは親子でも親戚でもないのですから」
「そうだよ、ぼく達は友だちなんだ。かあさまはあっちにいっていてよ」
「まあ・・・」
華は笑いながら部屋を出ていく。
「友だち、か。随分と年の離れた友だちだなあ」
「だってそうでしょう?それに、友だちになるのに年は関係ないでしょう?」
「そうだな、君の言うとおりだ。それにしても、久しく友だちと言える相手は、
私にはいなかったよ」
「ぼくもだよ」
「近所の子どもたちと遊んだりしないのかい」
「・・・子供は嫌いなんだ」
君だって子供だろう、と言いそうになったのを、ルカはのみこんだ。初めて会っ
た日、景は苛められていた。きっといつもそういう扱いを受けているのだろう。
「じゃあ、君にとっても、私は久々の友だちだな」
「はじめてだよ。ぼく、はじめて友だちができたんだ」
「そうか、君のはじめての友だちになれて嬉しいよ」
「ぼくも。流川さんにもずっと友だちがいなかったんでしょう?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ今は、ぼくがたった一人の友だちだね」
景は満足そうに笑った。華の笑顔に似ているな。ルカはそう思いながら笑い返
した。
「ねえ、流川さんは、外国にもいったんでしょう」
「ああ」
「ぼくも、大人になったら、遠くまで行けるのかなあ」
「行けるさ」
「・・・仏蘭西にも?」
「仏蘭西にもだ。どうして?」
景は目を伏せた。
「仏蘭西には、とうさまがいるんだって」
「・・・行って会ってみたいかい?」
「ううん・・・とうさまは、きっと会いにきてくれるって、かあさまが言って
いた」
「そうか・・・」
「今はお仕事がお忙しくて、日本にはこられないんだって。だから待っていな
くちゃいけないって」
景にそう言うことで、華はきっと、自分にも同じことを言い聞かせていたのだ
ろう。
しかし恐らく、相手は二度と日本に戻るまい。10年もの間、音沙汰がなかった
のが証拠だ。いくら遠い異国とはいえ、貿易の船は行き来しているのだ。本人
が来られないまでも、人に頼んで消息を知らせあうことくらいはできたはずだ。
それは華も十分すぎるほど分かっているだろう。
それでも、お互いの国が違うことを承知しながらも子供をもうけるほど、想っ
た相手だ。母国に帰ってしまったからと言って、簡単に諦めきれるものでもない。
「でも、もし、ぼくがとうさまに会えたら」
「そうしたら?」
「とうさまに、かあさまに会いに来て、って、言えるでしょう?」
「君は・・・お母様が、とても好きなんだね」
景は少し赤くなって、うつむいた。
「だって、かあさまは、あんまりお丈夫でないから、仏蘭西に行けないんだ。
本当は、行きたいって、思ってるのに。ぼく、知ってるんだ。月がきれいな
ときには、かあさまはあんまりお話もしてくれなくて、ずっと空を見てる。
お空の向こうの、とうさまのところへ、行きたいんだよ」
ルカは、華の過ごしてきたこの10年を思った。
長い長い時間を生きるルカにとっては、10年はあっという間だ。
食料を得る算段をしている間に、数年はすぐに過ぎてしまう。
しかし、華にとっては、長い10年のはずだ。いやそれとも、景の成長を見守っ
ているうちに過ぎてしまった歳月なのだろうか。
「ぼく、いろんなものを見てみたい」
急に顔を上げて明るくそういった景の声で、ルカは我に返った。
「大人になったら、流川さんみたいに、いろんなところに行って、いろんなも
のを見て、いろんな人に会うんだ」
「そうだな、世の中にはそれでも『まだ知らないこと』っていうのがあるから
な」
「流川さんでも、まだ知らないことがあるの?」
「そりゃあるさ、まだまだ沢山な」
ううん、と大げさに唸ってみせた景に、ルカは久しぶりに、声をあげて笑った。
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